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フォーラムの様子

平成18年6月30日(金曜日)午後3時から、石狩市総合保健福祉センター(りんくる)2階交流活動室において政策フォーラム「どうなる石狩モノレール!!」を開催いたしました。内容は以下のとおりです。

主催者挨拶:石狩市長 田岡克介

挨拶をする田岡市長の写真

  • 何かとお忙しいところ本日政策フォーラム「どうなる石狩モノレール!!」へこのように大勢の皆さんのご参加をいただきましてありがとうございます。
  • 私たちは石狩の新しい発展を何点かの要素の中に、石狩湾新港の開発、あるいは新しい住宅地の開発、様々な将来の石狩というのを30年前に現実化していきました。その中で本当にこれほどスケールの高い、住民ニーズの高い事業が一つの要件だけでは成立しないわけですが、石狩市に多くの課題を持たせながら今日に至っております。
  • 10年前に開発局を中心として札幌・石狩も参加させてもらいました「パーソントリップ調査」において、特に札幌北部圏における軌道系交通機関の必要性というのが問われて、その段階が一つの大きなチャンスに変えていったわけですが、現実様々な要素の中で実現に至らない。今回また10年を契機に新たにこのあたりの設計をどうするかという議論が起こってきております。
     石狩市としては、鉄道を基軸に沿線の人口が集中し、交通機関というものが都市発展のための必要な要素であるというのは、いわゆる北広島、恵庭、千歳のラインを見た羨望の思いと、また一方で石狩市がこのままでいくと石狩湾新港を背にしながら札幌都市圏の縁辺部と言いますか、地の中に取り残される危機感を一方で持っている中において、この軌道系の交通機関を今一度検証し、そして理論的に作っていく。現実的な手法が本当にあるのかどうか。
  • 佐藤先生はこの問題についてずっと研究・検討されておりまして、また紹介にもありますような要職について、今最も、この石狩の交通問題を知り尽くした先生でございますので、なぜ今こういう状態になっているのか、これからどうなっていくのかという、一番今住民が知りたい問題についてお話しをしてくれると思っております。
  • 今日の集まりが有意義な時間であるという事を確信いたしまして、私のご挨拶にさせていただきます。

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第1部:報告「モノレールの歴史と今」(佐々木企画財政部長)

  • 最初に石狩が鉄道の恩恵を受けたのは、明治44年に「札幌〜茨戸間」に馬車鉄道が開通し、これと連携する汽船運輸が「茨戸〜石狩間」に就航したのが最初。鉄道の実現は、戦後も依然として石狩の悲願となっており、昭和20年代に町の依頼で製作された「観光鳥瞰(ちょうかん)図」の中にも札幌市の桑園と本町を結ぶ「石狩電鉄」の予定路線が載っている。昭和31年「石狩鉄道株式会社」が設立されたが、このときも石狩の鉄道は日の目を見るに至らなかった。
  • モノレール等の検討がスタートするきっかけとなったのは石狩湾新港地域の開発であり、昭和47年に北海道開発庁が「石狩湾新港地域開発基本計画」を策定し、その中に「札幌の中心部との連携及び通勤の円滑化のため高速軌道の延伸を図る」と明記されたことに始まる。
  • 大量輸送機関である地下鉄から中量輸送機関であるモノレールへと検討の重点が移ったのは、昭和60年に入ってからであり、日本モノレール協会が札幌〜石狩間で3ルートを想定し、それぞれの建設費や収支などを試算した上で、懸垂型モノレールの事業可能性を提案した。当時の石狩町では、この結果を踏まえ、懸垂型モノレールによる新港〜麻生間約10キロメートル、建設費約700億という「モノレール構想」を発表し、12月には石狩町議会で「都市モノレールの導入に関する決議」が可決された。
  • モノレール推進、検討のための組織も誕生。平成元年には「石狩町都市モノレール等推進協議会」(現在の石狩市軌道系交通機関推進協議会)発足、平成6年には「札幌圏北部地域交通体系連絡協議会」発足、平成16年には「石狩市軌道系交通機関導入促進議員協議会」発足。
  • 平成11年に「札幌市総合交通対策調査審議会」に「地下鉄などの軌道系公共交通機関網のあり方及び公共交通の利用促進策」について諮問しており、審議会では2年にわたる検討を経て、平成13年に「北部方面の延伸は栄町よりも麻生起点のほうが需要確保などで優位」としつつ、「まちづくりの進展や人口の見通しなどを見極めた慎重な検討」と「事業成立性を高めるため、新たな事業手法や運営の効率化についての検討が必要」との答申を示した。また、このときの答申の資料の中には「北部地域は、モノレールの採算性が高く、特に路線を札幌市内のみとした場合は、開業初年度から採算を確保できる」との見方も示されている。一方北海道では、平成10年から鉄道案についての検討を行い、「札幌圏北部地域交通体系連絡協議会」において逐一その結果が報告された。
  • しかし、平成15年には流れが一変。最新の人口予測に基づく需要予測を行ったところ、将来需要は従前の予測を大きく下回り、採算確保は困難であり、事業化のためには需要の喚起や事業費の削減、あるいは鉄道以外の新交通システムの導入検討も必要との調査結果が示された。また、平成16年には鉄道新線建設による波及効果などの検討を行ったところ、建設時を除いて経済波及効果は少なく、いわゆる「非効率な事業」と言わざるを得ないとの報告がされた。この報告を契機として、鉄道の検討は、事実上、ストップした。
  • また、このときの協議会では札幌市サイドからもこれまで検討を行ってきた新交通の導入については、第4回パーソントリップ調査(おおむね10年ごとに行われている道央圏の交通実態調査)の結果を踏まえ、改めて検討が必要との見方が示された。
  • それでも石狩・札幌間を結ぶ軌道系交通機関の導入には、各方面から依然として大きな期待が寄せられていることも事実。「全道商工会議所大会」においては平成15年、16年、17年と3年連続して、「石狩〜札幌間の高速軌道系交通機関の実現を図ること」が決議されている。
  • 石狩市にとって、明治以来の悲願とも言えるモノレール等の軌道系交通機関の導入検討は、以上のように山・谷を繰り返しながら現在に至っている。

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第2部・講演「石狩のモノレールの実現の可能性は…?」(北海道大学大学院公共政策学連携研究部教授・佐藤馨一先生)

講演する佐藤馨一先生の写真

  • 石狩モノレールが再び注目されるのは、第一に札幌市長が上田さんに替わったことが大きいと思います。板垣・桂市政では地下鉄50キロメートル構想の実現を最優先課題としていました。このため石狩モノレールは地下鉄50キロメートル構想が実現した後の政策目標になっていました。
     二番目は、石狩湾新港を「札幌港」と呼ぼうという声が聞こえ始めていることです。これまで小樽市に遠慮していましたが、札幌都市圏の港湾という位置づけを明確にするため「札幌港」という名前を売り込もうとしています。石狩市はこのチャンスを逃すべきではありません。
     そして三番目は、先ほど企画財政部長さんから説明がありましたように、「第4回道央都市圏パーソントリップ調査」が今年から行われることです。この調査を推進するために北海道開発局、北海道庁、札幌市、石狩市など関連市町村による協議会が組織されました。この協議会で札幌都市圏のマスタープランが策定され、そこに石狩モノレールが位置づけられたら、実現の可能性は大いに高まります。このような時期に、石狩市の政策フォーラムが開かれたことは非常に良いタイミングです。
     私は「負け馬」を「勝ち馬」にすることに生き甲斐を感じてきました。「負け馬」だった北海道新幹線を、「勝ち馬」にしたことに大いなる満足を覚えています。「勝ち馬」には多くの人が乗りたがりますので、私は「勝ち馬」の席を譲り、次の「負け馬」を探す屈折した性格の持ち主です。これまで「負け馬」だった石狩モノレールを是非、「勝ち馬」にしたいと考えています。
  • 札幌は京都をモデルにして創建された、という説が流布しています。これは本当でしょうか。この図(図1)は私たちが見慣れている道央都市圏の地図です。石狩湾新港が北の方にあります。この地図を逆さにし、さらに裏返しにします。この地図(図2)はどこかに似ていると思いませんか。琵琶湖と京都、大阪の関係と類似しています。琵琶湖に相当するのが支笏湖です。石狩市は関西における大阪市に相当します。交通利便性の優れた大阪市が関西圏の中心になったように、石狩市は札幌都市圏の拠点になる地勢を有しています。
  • 京都に都を建設するとき、まちづくりの基本となった考え方は中国から伝来した「風水説」です。すなわち、北に玄武(山)、南に朱雀(平野)、東に青龍(河川)、西に白虎(道路)の当てはまる場所を理想の地とし、そこに都をつくりました。高松塚古墳の壁画にもこの四神が描かれています。札幌の縄張り(基本設計)をしたのは島義勇であり、島も四神思想に基づいて札幌の地を選定したと考えられます。しかし厳密にこの思想に従うと、当別が適地になります。実際、当別が候補地として検討されたという記録もあります。しかし、北海道の命名者である松浦武四郎は、「当別の冬はもの凄い吹雪に襲われ、住むには大変な所だ」と忠告します。そこで島は、南北を逆にした札幌の地に本府を定めます。札幌は京都をモデルにしたと言われますが、京都も札幌も四神思想という考え方で都市づくりをしたので、類似した都市になったのです。この思想に基づくと、石狩市は朱雀の地、「広がり」を受け持つ地域となります。札幌市と石狩市の連携強化は札幌創建の根本であり、札幌圏が発展する重要な鍵になります。
  • この図(図3)はアメリカ合衆国における1年間の累積降雪深を示したものです。ここに白い地区がありますが、1年間に5メートル以上の雪が降る地域です。札幌も平均5メートルの雪が降ります。累積積雪深が5メートルと聞くと、アメリカの人はロッキー山脈の頂上を思い浮かべます。1年間に5メートルも雪が降る場所に賢い人は住みません。ロッキー山脈の頂上には住みたくありませんよね。しかし、私たちはそんな場所に住んでいるのです。札幌を訪れた外国の方にこのことを説明すると、「札幌市民はクレージーだ」と驚きます。
  • この写真(図4)は一昨年の北見豪雪のときのものです。走っているバスや大型トレーラーが吹雪に巻き込まれて止まっています。石狩市もこれほどではありませんが、吹雪の厳しい地域です。石狩市の将来を考えるとき、このことは重要な要件です。常に雪対策を考えていなければなりません。
  • これ(図5)は地下鉄南北線のシェルターです。このシェルターは冬将軍に対抗する「万里の長城」だと学生に教えています。毎年来襲する冬将軍との戦いですが、勝つことではなく、負けないことが重要です。すなわち「引き分け」の戦いをしなければなりません。しかし万里の長城の維持費は莫大であり、中国の歴代の王朝はこの支出に苦しみました。同様に、札幌の地下鉄も市の財政を悪化させています。札幌に地下鉄を建設したことは、毎年の厳しい冬を考えると合理的な選択です。このため札幌市は「地下鉄3線50キロ構想」を板垣市長の時に掲げ、その実現を目指してきました。そして最後に残った福住〜福住間について、桂市長は地下鉄建設の是非を総合交通対策調査審議会に諮問しました。
  • この諮問に対する答申書、「公共交通を軸とした交通体系の確立について」が平成13年4月に提出されました。私は専門部会長として実質の審議に関与しました。札幌市長は多分、福住〜清田間の地下鉄建設を認める答申を期待していたと思います。もしそうでなければ、20年ぶりに総合交通対策調査審議会を再開する必要はありません。審議会では将来の利用者数を予測しました。その結果、地下鉄建設に見合うだけの乗客増は期待できなく、上下分離方式(インフラ部分は公共で建設し、交通局は地下鉄の運営だけを行う制度)でも黒字化するのに30年以上もかかることが明らかになりました。このため、答申の結論は「地下鉄東豊線、福住以遠の延伸を中止する」というものでした。これによって、地下鉄50キロメートル構想は未完に終わることになりました。
  • この審議会では札幌圏北部方面における軌道系交通システムの検討も行われました。その結果、地下鉄南北線の延伸では採算性に問題のあることが確認されました。しかしモノレール等の新交通システムを導入したならば、採算性は確保されることが明らかになりました。それにもかかわらず、審議会では石狩モノレールの着工を答申しませんでした。担当者が「モノレールの雪対策が不十分である」、「地下鉄との乗り継ぎ方式に課題がある」ことを強く主張したことによります。
  • 清田方面の地下鉄延伸は採算性の基準によって答申はされませんでした。北部方面のモノレールは採算性の基準ではなく、雪対策や乗継方式の基準によって答申されませんでした。これはダブル・スタンダードです。担当者も苦しかったと思います。それにもかかわらずダブル・スタンダードを持ち出してきたのは、トップの意向によると私は考え、それ以上は追求しませんでした。
  • 北部方面のモノレールの建設が見送られましたが、札幌市民の反応は冷ややかなものでした。北部方面のモノレールは「石狩モノレール」と称されるように、札幌市民のための交通機関と理解されていませんでした。また石狩市では「鉄道か、モノレールか」で揺れていたため、札幌市へ強い要望を出せませんでした。その中で私は、石狩モノレール実現のための手を幾つか打っています。
  • その一つは、北部方面のモノレール起点駅を麻生にしたことです。それまでの起点駅は栄町駅か、麻生駅かとし、優劣は付けていませんでした。しかし石狩市民や屯田地区に住む方は、あえて栄町に行くとは思えません。この栄町〜石狩市ルートは、地下鉄東豊線の赤字対策という側面を持っていました。そういう姑息な考え方は止めよう、と提言しました。
     二つめは新しい路線、麻生・屯田ルートを設定し、札幌市民のためのモノレールであることを明確にしました。麻生・屯田ルートの採算性を計算した結果として、駅から750メートルの徒歩圏利用者だけで、開業7年後で黒字になります。バス圏の利用者を含めたら開業年に収支は黒字になります。
     この推定結果を精査するのが、今回のパーソントリップ調査です。麻生・屯田ルートのポイントは、札幌市民の利用者で収入の安定化をはかり、石狩市への延伸を図ろうとするところにあります。石狩市の利用者だけでは、モノレールプロジェクトは成立しません。
  • 問題は、麻生・屯田ルートのこの部分が都市計画道路に指定されていないことです。四番通りを石狩方面へ進むと富士メガネ店があります。そこの交差点を右折すると、ラッキーがあります。この区間の道路復員は狭いですよね。モノレールは街路事業の一環として行われるため、都市計画道路の指定が不可欠となります。札幌市が石狩モノレールの実現を阻止する最も有効な手段は、この区間の都市計画決定を見送ることです。
  • 平成18年の1月、札幌市都市計画審議会はこの区間の都市計画決定を承認しました。私は、札幌市がモノレール建設に動き始めたのか、と驚きました。しかし都市計画の担当者は北部方面のモノレール計画や、麻生・屯田ルートの存在はまったく知りませんでした。単純に、未整備な道路を行うために都市計画道路の認定を行い、交通渋滞や歩行者の安全を図るために提案したようです。
     石狩モノレールの最大の課題はクリアされました。収支採算性はすでに述べたとおりです。しかし、石狩市の反応は今ひとつでした。今日、私がここにきて講演するのは、このことをもどかしく感じているためです。
  • これ(図6)は跨座式のモノレールで、羽田〜浜松町間に運行されています。このモノレールは走行路面が露出しているため、積雪地域では使えません。
     こちら(図7)は懸垂式のモノレールで、石狩モノレールの基本システムとなっています。ここに車輪が2対、4輪あります。左右2本のガイドレールに、前後2本の車輪で駆動します。走行路面はガイドレールの内側に設置されており、左右二つの走行面があります。このため、このモノレールは風に強いシステムとなっています。4輪は台形リンクによって支えられており、右から風が吹いたら右の車輪が傾きます。すると左側がバランスを取って傾かないようにする。そういう形で支持しています。石狩市は風が強いところであり、風が吹くたびに大きく揺れ、運休したら使い物になりません。
     懸垂型モノレールは雪に強いでしょうか。札幌市の担当者は、車両をすっぽりと覆うシェルターが必要だと、言ったこともありました。しかしこの図(図8)を見て分かりますように、ガイドレールそのものが走行面のシェルターになっています。走行車輪が最小限のシェルターに覆われています。このガイドレール内に車両が止まるほどの雪の吹き込みが発生しないことは、石狩新港地区で実寸モデルによって実証されています。千葉市では20年近く営業していますが、鉄道が止まる大雪の日でもモノレールは走っていました。
  • 石狩モノレールに関するこれからの課題を考えてみたいと思います。これまであまり考えられてこなかった課題として景観問題があります。札幌市は現在、札幌市景観計画のパブリックコメントを募集しています。景観法の制定を踏まえた景観基本計画はすでに制定していますが、この景観計画はより具体的な指針となるものです。札幌市は高さ制限を全市に適用したばかりです。そして今度は、景観計画に力を入れようとしています。景観計画の内容を見ますと、橋梁や高架橋等は地域性や街並みに配慮する、デザインを配慮する、付帯物に配慮するという記述があり、モノレールの構造物はこの規定に抵触します。「景観を大事にしよう」という施策は、市民受けの良いものです。「モノレールは目障りであり、景観的に好ましくない」、という反対運動の起きる可能性は否定できません。
  • 次の課題は石狩市政に直接かかわるものです。麻生・屯田ルートを受け入れる石狩市側の道路はすべて市道です。モノレールのインフラ補助は道路管理者を対象としていますので、北海道ではなく、石狩市が前面に出なければなりません。以前の麻生ルートは札幌市の市道と道道を活用するため、石狩市は北海道にお願いするだけでした。これからはそうはいきません。しっかりした覚悟、とくに財政負担の展望が必要になります。
  • 第三の課題は、地下鉄延伸が見送られた清田区民からの反発です。北区、石狩市の一人勝ちとなると、そのやっかみは大変なものになります。その打開策は南区の真駒内〜藤野間にモノレールの第2線を建設することにあると思います。真駒内以南は地下鉄では無理でも、モノレールなら採算が取れる可能性があります。石狩モノレールは、札幌都市圏の全体計画に貢献することを示す必要があります。
     これで私の講演は終わります。ご静聴ありがとうございました。

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質疑応答

  • 一人目:
     今もお話ありました勝ち組・負け組の言葉なんですが、明るく楽しい講演だったのですが、私としてはちょっと勝ち組・負け組というのはちょっと今の状況では軽い感じがしまして。まだ私も越してきて間もないのでこちらの状況がわからず、最初このような案内があった時にどうなんだろうと、なぜこのような話が今出たか、何故なんだろうと。それから進むとか進まないとかで題目は「どうなる石狩モノレール」とちょっとクエスチョンマークが付くので。これからもどのような形になるかわからないですけど市民を中心に意見を出して、先生が勝ち組で乗るとか乗らないとかは豊富にある知識を聞いて皆さんで考えていきたいと思います。ありがとうございます。
  • 佐藤先生:
     ご質問ありがとうございます。石狩モノレールについては、私はかれこれ20年以上も関与しています。この間は負け続き、すなわち事業化への展望は全く開けませんでした。「石狩モノレールは実現不可能だ」という意見に対し、一つ一つ反論してきました。その結果、「これまでの札幌市長は石狩モノレールを作りたくなかったのだ」という見解を持つようになりました。上田市長は石狩モノレールに対し、どのような評価をしているか分かりません。しかし少しは変わるのではないか、という期待を込めて「負け馬を勝ち馬にしたい」という表現をしました。石狩モノレールは実現可能性の高い交通プロジェクトです。それをダブル・スタンダードで「負け馬」と決めつけていることに理不尽さを覚えています。しかし誤解を与える表現は慎まなければなりません。ご指摘、有り難うございました。
  • 二人目:
     先ほど乗換抵抗の話をされてましたが、歩いていける距離が750メートルと考えますと、石狩の方はおそらく殆どがバスに乗るのかと。仮にモノレールだとモノレールに乗って地下鉄に乗ってという形になるだろうと思うのですけども、そうすると二回乗り換えをする。そうなると結構抵抗があるような気がするのですが。先ほど地下鉄のコストの話で32年経って…という話をされたのですが、おそらく地下鉄を延伸する考えと、麻生・屯田ルートで二回目の曲がり角まで行っても地下鉄では全く採算性がとれないのですか?
  • 佐藤先生:
     地下鉄の工事費があまりにも高すぎるのです。地下鉄を1キロメートル建設するのに約200億円以上かかります。モノレールはその半分ぐらいの金額で建設できます。もう一つの問題点は、地下鉄とモノレールの建設財源が違うことです。地下鉄は鉄道整備事業で行われますが、その財源は一般財源から支出されます。このため予算額は少なく、全国の都市で奪い合っています。これに対してモノレールの財源は道路財源、すなわちガソリン税によって充当されます。交通需要を道路建設だけではなく、モノレールによって対応しても良いというものです。道路財源は豊かなため、ガソリン税を一般財源化する動きが強まっています。それだけに石狩モノレールの計画が国土交通省へ提出されたら、道路局からの補助は確実に得られると思います。
     石狩モノレールの弱点は、麻生駅で地下鉄に乗り換えることです。乗り換え抵抗をできるだけ小さくする工夫は極めて重要です。「上下方向の乗り換えは嫌だ、バスの方が良い」、という人もいます。また「冬はモノレールを利用するが、夏は乗用車で移動する」、という人もいます。これらの交通動向を見すえて、将来の需要推計をしなければなりません。それを行うのが道央都市圏パーソントリップ調査です。そのタイミングを考えると、「石狩モノレール」についての関心をさらに高める必要があります。
  • 二人目:
     先ほど樽川篠路線あるいは四番通の話をされていたのですが、前のルートは見た事あるのですが、途中、調整区域というのが札幌市多いという部分で、本当にこれは切実なんだなという気がしたのですけども、今の麻生・屯田ルートですと比較的に篠路や屯田団地を含めて非常にいいルートだという感じがします。是非よろしくお願いいたします。

(フォーラム終了)


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