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■史跡荘内藩ハママシケ陣屋跡

荘内藩陣屋跡

 

安政6年(1859年)、幕府は蝦夷地を奥州6藩に分け与え、その警備を命令しました。

荘内藩は本村を含む日本海に面する西海岸一帯(留萌・苫前・天塩など)40余里に及ぶ地域を拝領しました。翌、万延元年、家老松平舎人を総奉行として現地調査を行い、意見書を提出しました。この調査を基に二代目総奉行酒井玄蕃了明が赴任し、警備・開拓の本陣を「ハママシケ」(浜益)に設けたのがこの場所で、奉行所をはじめ寺・神社・長屋などを建て、集落が作られました。

 一行は永住計画に基づき各種の職人・農民を集め、人員の運搬など蝦夷地渡航用に2隻の弁財船も建造し往復しました。このとき黄金川からこの場所まで水路を設けましたが、その資金が金千両を要したことから「千両堀」と称され現在も残っています。

 その後戊辰戦争が勃発して事態が変わり、慶応4年(1868年)には引き揚げ作業が始まり7年に及ぶ年月と莫大な費用をかけた荘内藩蝦夷地拝領地の警備・開拓は終わりました。

 

石狩市教育委員会

荘内藩陣屋跡に建つ通用門



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