石狩のチョウザメと鮫様
(2007.4.28〜6.4開催:解説パンフレットより)


■チョウザメという魚

硬骨魚綱 軟質亜綱 チョウザメ目 チョウザメ科、ヘラチョウザメ科
*チョウザメの仲間(チョウザメ目)は全部で25〜27種いると言われているが、分類は混乱していて、確定されていない
*サメの仲間(軟骨魚綱)ではない

チョウザメは、淡水域(河川や湖沼)、種によっては海域にも生息する、大型の魚類です。形態は次のような特徴をもっています。

■チョウザメの生態

北半球の温帯〜寒帯に分布しています。特に北アメリカ沿岸、ロシア沿岸と河川、カスピ海、バルト海などに多く見られます。

一部を除いて、エビやカニ、二枚貝などの底生動物を主に食べています。一生淡水域で暮らす種と河川と海とを行き来する種とがありますが、後者でも、産卵は河川に遡上して行ないます。卵を産むようになるまで10年以上かかりますが、それ以降は一生に何度も産卵します。

チョウザメは非常に長寿で、大型になる魚です。大きいものでは、体長8m、体重2tにもなります。最高齢は153歳という記録もあります。

■石狩のチョウザメ

チョウザメは、日本近海では北海道や東北の沿岸で見られることがあり、河川では、石狩川、天塩川、釧路川、十勝川に遡上していました。明治時代には、ロシア人がキャビアを採るために石狩川沿いでチョウザメ漁をしていたこともあったそうですが、昭和初期にはほとんど見られなくなってしまいました。

北海道にいたチョウザメは、ミカドチョウザメ (Acipenser mikadoi)とダウリアチョウザメ(Huso dauricus)の2種と考えられています。
近年の石狩(石狩川河口周辺、石狩湾)で捕獲・混獲されたチョウザメのうち、きちんと記録あるいは標本が残っている事例は4件あり、いずれもダウリアチョウザメです。
*ミカドチョウザメは、かつてはミドリチョウザメ(A. medirostris)と同一種とされていたが、近年、DNA解析から別種と考えられるようになってきた。
捕獲年水域体長
昭和44(1969)年石狩川河口1.9m(当展示)
平成5(1993)年石狩川河口1.3m
平成16(2004)年石狩川河口2.3m(観光センターで展示)
平成17(2005)年石狩湾1.6m(当展示)


昭和44(1969)年、石狩川河口、1.9m


平成5(1993)年、石狩川河口、1.3m


平成16(2004)年、石狩川河口、2.3m


平成17(2005)年、石狩湾、1.6m

■チョウザメの現状

日本国内では、チョウザメは絶滅したとされています。現在では、稀に沿岸や河口付近で捕獲されることがあるくらいです。

大正時代から昭和初期にかけて急激に減少した理由は明らかではありませんが、河川環境の悪化が原因ではないか、とも言われています。

また、世界的にも環境悪化や乱獲などにより個体数が激減しており、絶滅が危惧されています。

■鮫様

「鮫様」とは、石狩弁天社(石狩市弁天町18)の妙亀法鮫大明神、あるいは宝珠山金龍寺(石狩市新町4)の妙鮫法亀善神のことです。ここでいう鮫とは、チョウザメのことと考えられています。チョウザメは、古くから石狩の人々に「石狩川の主」とされてきました。

弁天社の妙亀法鮫大明神像は、1825(文政8)年、石狩場所の元小屋支配人だった山田仁右衛門によって奉納されたものです(厨子の背面に記されています)。2体の像のうち、向かって右側が亀の背に乗った「妙亀」、左側は鮫の背に乗った「法鮫」です。

■鮭漁の神様

石狩場所請負人の村山家には、鮫様にまつわる2つの伝説が残されています。
鮭漁の邪魔をする鮫を神として祀ったところ、大漁が続いた。
巨大な鮫が川をふさぎ、その化身が夢枕に現れたので、酒を供えたところ、鮫は姿を消して 鮭の大漁が続いた。
このようなことからチョウザメは「鮭漁の神様」と考えられるようになりました。鮭大漁・海上安全・商売繁盛の神様とされています。

鮫様信仰は、アイヌの伝承と和人の信仰とが結びついた北海道独特の文化であることから、石狩弁天社の鮫様と金龍寺の鮫様は、平成19(2007)年3月、北海道の有形民俗文化財に指定されました。

■参考文献


■展示協力

北海道開拓記念館、石狩弁天社崇敬講社、種田昭夫 (敬称略)

■展示資料

資料名属性等所蔵
ダウリアチョウザメ剥製2005年3月 石狩湾 全長1.6m北海道開拓記念館
ダウリアチョウザメ剥製1969年9月 石狩川河口 全長1.9mいしかり砂丘の風資料館
妙亀法鮫大明神像1825年 全高38cm(本体)石狩弁天社
妙亀法鮫大明神の石額1838年 62cm×29cm石狩弁天社
狛犬江戸時代 全高22cm石狩弁天社