エスチュアリ/Estuary〜いしかり砂丘の風資料館だより〜

No.028 2007年7月5日


■展示資料のひみつ リターンズ

タイマツ
全長35cm
出土地石狩紅葉山49号遺跡
時代縄文時代中期(約4000年前)


スケッチは単なる二股になった棒のように見えますが、実は4000年前に石狩の縄文人が使っていたタイマツです。タイマツとは漢字で「松明」と書き、木や草などを乾燥させ夜や暗い場所で火をつけ燃え上がらせて、明かり作る道具です。図示したものは、2001年に石狩紅葉山49号遺跡で出土したタイマツのうちの一点です。これは切り取った木の枝の一端から割れ目を入れ、そこに白樺の皮などの燃えあがりやすい材料をはさめる形式ものです。この形式のタイマツでは、樹皮などを取り替えることで長時間、繰り返し使用が可能です。

縄文時代の明かりについては、タイマツや脂を燃やすランプなどがあったと想像されていましたが、49号遺跡で出土するまで確認された例はありませんでした。ですからこれらの資料が縄文時代で最初に確認されたタイマツということになります。しかし、縄文時代のタイマツがすべてこのようなタイプだったかどうかについてはまだ不明です。

時代は新しくなりますがアイヌ民族に49号遺跡と同じタイプのタイマツがあります。彼らはこれを夜、川でサケ・マスを銛で突くとき使用していました。49号遺跡のタイマツもサケ・マスなどの魚を捕獲する仕掛けの近くで出土していますから、夜間の銛漁で使われていた可能性が高いと考えられます。◆

(石橋孝夫 いしばしたかお)


■海の歴史

アオイガイ大量漂着の謎

秋から冬にかけて日本海側各地の浜に漂着する、アオイガイ。この白くて薄い、美しい貝殻は実は普通の貝ではなく、カイダコと呼ばれるタコが作ったものです。本来は温帯・熱帯の海、しかも沖合に生息するタコなのですが、数年から十数年ごとに、日本海側に大量に漂着することがあります。2005年、2006年の秋には、北海道でも数多くのアオイガイが確認されました。

アオイガイが大量に漂着するとき、海に何が起きていたのでしょうか。石狩周辺で、日ごとの漂着数と大気・海洋の状態とを比べてみました。その結果、原因として、(1)夏の日本海の海水温が例年より3℃近く高かった、(2)その高い海水温が北西季節風が強まる秋まで続いていた、ということがわかったのです。さらに、過去40年間の各地の記録を調べてみたところ、もしかしたらエルニーニョなどの地球規模の気候変動と大量漂着とが関係あるかもしれないことも、わかってきました。

アオイガイ大量漂着と海洋環境との関係については継続調査中です。現代のことは少しずつわかってきましたが、それでは過去、長い地球の歴史の中では? 次回はアオイガイの化石の話です。◆

(志賀健司 しがけんじ)



■人生の参考書!

臨時で受付のお仕事をさせていただいている私に、いきなり、エスチュアリの文章を書いてみませんか、…と。

文章能力のない私に…いったい何を書けばいいのやら…。だったら、書かせていただくのなら、この受付にいて、いろいろなお客様との“出会い”、その中の“おしゃべり”が、とても楽しい、と声を大にして言いたいです。

私の拙い説明に、一生懸命に耳を傾けてくださるお客様。その説明に一喜一憂してくださるお客様の顔。また逆に、大変貴重なお話を私に聞かせてくださるお客様。その大切な出会いが私は大好きだし、大げさに言うなら、人生の参考書になっているのかも!

一見、資料館の中は堅っ苦しく重たいイメージもあるけれど、運が良ければ、私のような“おもしろおばちゃん”の受付嬢と、楽しい時を過ごすことができるかもしれませんよ。◆

(嘉山千寿子 かやまちずこ)


■調べてみよ〜っと!

まだ肌寒さが残る、とある日曜日のことです。

お父さんと小学校低学年くらいの男の子が来館されました。男の子は、展示されているもの全てが珍しいのか、あっちこっち見ては、はしゃいでいました。顕微鏡で砂を観察するコーナーで、セキエイ(水晶)のシャーレを見ていたときのことです。「これは、ダイヤモンドかな?どうかな?調べてみよ〜っと!」と言うが早いか、閲覧用のパソコンの前に座って、マウスを動かし始めました。残念ながら、資料館のパソコンはインターネットにつながっていないため、決められた項目しか見ることができません。男の子は何回か操作してあきらめたのか、違う展示のところへ行きましたが、今度は自分にわからないことがあると、「調べてみよ〜っと!」と言っては、パソコンの前に座るようになりました。それがとてもかわいらしく、自然な姿に見えてきました。

パソコンを使うことができれば、こんな小さな子でも世界中とつながり、調べたいことはいつでもどこででもわかるようになりました。それはとても素晴らしいことだと思います。そして、私にとっては、ページをめくる感触、一冊の本で探しあてたときや何冊も何冊も見てようやくわかったときの達成感も捨て難いような気がします。

「調べてみよ〜っと!」
何だか楽しくて、心わくわくするような言葉にきこえます。◆

(倉雅子 くらまさこ)


■夏〜秋の講座・展示、おしらせ

■オトナの体験講座「化石複製計画」

アンモナイトや石狩産貝化石などから、博物館の技法でレプリカを製作します。古生物や地球環境の歴史の話など、大人向けの解説も。子ども向けの講座は物足りない方、大人の知的好奇心を満足させたい方にオススメ!

・日時  2007年7月14日(土)13:00〜17:00
・場所  砂丘の風資料館
・対象  大人(高校生以上)
・定員  10人(先着順)
・費用  500円(材料費)
・申込  7/4(水)〜7/11(水)の間に電話で資料館(0133-62-3711)へ

■体験講座「土器づくり教室」

古代人と同じ方法で縄文土器を作ります。成形(粘土で形をつくる)と野焼き(屋外で土器を焼く)の2回連続。小学3年生以下は保護者同伴で。

・日時  @成形:2007年7月22日(日)09:30〜17:00
     A野焼き:8月4日(土)10:00〜16:00
・場所  @若葉小カルチャーセンター
     A石狩紅葉山49号遺跡
・定員  20人(申込多数の時は抽選)
・費用  300円(材料費)
・申込  7/1(日)〜7/9(月)の間に電話で資料館(0133-62-3711)へ

■体験講座「化石のレプリカをつくる」

アンモナイトなどの化石から本物そっくりのレプリカ(複製品)を作ります。自分の部屋に展示しよう!

・日時  2007年8月18日(土)13:00〜17:00
・場所  砂丘の風資料館
・対象  小学4年生以上
・定員  12人(先着順)
・費用  500円(材料費)
・申込  8/5(日)〜8/15(水)の間に電話で資料館(0133-62-3711)へ

■体験講座「勾玉づくり教室」(主催:砂丘の風の会)

勾玉とは、古代の人々が石で作り、首にかけていた装身具です。今回は白い石の他に、色のついた石(ピンク、薄黄色、水墨模様、モザイク模様)を用意。その中から好きな色を選んで、また管玉も使って、オリジナル作品を作ってみませんか?

・日時  2007年7月8日(日)10:00〜12:00
・場所  砂丘の風資料館
・対象  小学生〜大人(小学生は保護者同伴で)
・定員  25人
・費用  500円(材料費、保険料含む)
・申込  7/6(金)までに電話で資料館(0133-62-3711)へ

■テーマ展「石狩の浜の貝」

石狩にはどんな貝がいる? そのほとんど全てを展示! 資料館ボランティアの伊藤静孝さんの貝殻標本コレクション。

・期間 2007年7月8日(日)〜8月26日(日)
・場所 砂丘の風資料館 市民交流ひろば
※資料館の入館料が必要です。

■テーマ展「アオイガイ/カイダコ」

アオイガイと呼ばれる貝殻を持つタコ、カイダコ。本来は温帯・熱帯の暖かい海に生息していますが、2005年と2006年、大量に北海道まで漂流してきました。アオイガイの謎に迫る展示です。

・期間 2007年9月〜10月
・場所 砂丘の風資料館 市民交流ひろば
※資料館の入館料が必要です。

■連続講座「石狩大学博物学科/専門課程」(全4回)

今年は専門課程! と言っても難しくありませんよ。自然や歴史を専門とする学芸員たちが、今回はテーマをしぼって、わかりやすくお話しします。昨年の講座を受講していなくてもOK!

・日時  2007年10/6(土)、10/20(土)、11/10(土)、11/24(土)
・場所  石狩市民図書館 視聴覚ホール


■浜益アイヌの聖地 黄金山

浜益のシンボル「黄金山」が道内のアイヌ民族の聖地のひとつとして、国の名勝指定の候補に上がっています。この山は今も「黄金富士」「浜益富士」とも呼ばれ、浜益区民に親しまれています。「黄金山」という名前は、江戸時代和人が名付けたもので、アイヌ語では「タイルペシぺ(丸山)」あるいは「ピンネ・タイオルシペ(木原にそびえる雄山)」「タヨロウシヘ(ミズキの生えているところ)」と呼ばれていました。また、この山は義経伝説をもち、西にある摺鉢山(すりばちやま)と夫婦だとも言われています。

また玉虫左太夫の記録によると「古来ヨリ山頂ヘ登人ナシ」とあり、江戸時代は山頂へ立ち入る人はいなかったようです。さらに、浜益アイヌは祭壇をつくるとき黄金山に向けて作ったという話があり、この山は浜益アイヌにとって特別な存在だったことを窺わせています。そして、黄金山、摺鉢山を含む一帯は、英雄ポイヤウンペの活躍するユーカラ「虎杖丸の曲(こじょうまるのきょく)」の舞台に似ていて、このユーカラが浜益で誕生したのではないかといわれています。ユーカラのような民族叙事詩は、その民族の重要な神話や歴史上の出来事を語り伝えるために残されたものが多く、「虎杖丸の曲」も、海の向こうの人や日本海沿岸の人々との戦いの話で、歴史的な出来事が語られている可能性もあります。

「虎杖丸の曲」の中では、ポイヤウンペが育てられた砦はトミサンベツ上流の「高杯の立つに、さも似たる」山にあったと出ており、黄金山はこれにふさわしいと思います。◆

(石橋孝夫 いしばしたかお)


■最近の「いしかり博物誌」(市広報に連載中)

第88回:求む! 日の出正宗のラベル(07年6月号)
第89回:看板の履歴書(07年7月号)
(※次回より隔月になります。)


■編集後記

先日、自転車をもらいました。折畳み式の小さいものなので、長距離にはちょっと向かないのですが、資料館に置いて、昼休みなどときどき乗り回しています。自転車を持つのは20年ぶり。「エコ」やLOHASをことさら強調するつもりはないけれど、身体を使い、風を切る気持ち良さ。こういう感覚を大事にすることを忘れなければ、地球環境問題も多少は改善につながっていくのでは? と、楽観的になっちゃいます。(K)


エスチュアリ No.28
2007年7月5日 発行

いしかり砂丘の風資料館
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