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彭州(ほうしゅう)市訪問記

印刷用ページを表示する 掲載日:2014年7月31日更新


    歓迎セレモニーの様子

    平成12年10月



    ◆二十三日

     前日、彭州(ほうしゅう)市からわざわざ上海までお迎えに来てくださった二人とともに、飛行機で成都空港に到着。飛行機からタラップを降りると、そこには副市長をはじめとするお迎えがあり、最初の歓迎セレモニーがありました。空港からはパトカーの先導により黒塗りの乗用車四台とバス四台に分乗し、一路彭州市へ。彭州市に入るとバスの中がざわつき始めます。通りのいたるところに歓迎横断幕や、幟(のぼり)、アーチが目に入り、交差点ごとに警官が私たちに敬礼をしながら訪問団のために交通を規制し、見物人を整理しています。多くの彭州市民も、私たちを乗せた車両の行列を見つめています。私たちの宿泊するホテルに近づくと黒山の人だかり。数にして数千人。ホテルの前庭にはアドバルーン五本にアーチ、そして子どもたちの音楽隊三百人が赤じゅうたんをはさんで訪問団の到着を待っていました。私たちは誰もこのような盛大な歓迎を受けたことがなく、皆さん一様に感激と興奮を隠せません。バスを降りると、子どもたちの演奏に包まれながら赤じゅうたんの上を歩き、彭州市の指導者の方々と握手をしてホテルに入り、まずは一息。
     部屋で荷を解いた後、市長ら各界代表者は歓迎式へ、経済関係者は企業訪問、友好協会役員と一般参加者は彭州市内の中学校と市立病院へ見学に向かいました。中学校でも生徒約千人に迎えられ、生徒たちの手作りの和服を着ての踊りや、即興での揮毫(きごう)などの披露があり、遠く日本からの訪問団に対するその歓迎ぶりに一同感激を一層深めました。
     その夜は、彭州市主催の歓迎夕食会。初めて本場の四川料理を味わうことになります。両市長のあいさつの後、アルコール度数五三度の「五糧液」で乾杯です。一口サイズのグラスとはいえ、土地の習慣に則り一気に飲み干すと喉は火が点いたような感じです。あとは次から次へと乾杯の嵐。ついその場の勢いに任せると翌日にひびきます。こうして彭州市の第一日目が終わりました。

    歓迎夕食会の様子

    ◆二十四日

     お粥(かゆ)で一日が始まりました。これがおいしい。
     朝はまず、彭州市人民政府(市役所)と彭州市人民代表大会常務委員会(議会)を訪問しました。最初に通された市長室は質素なたたずまいですが、隣の応接室は豪華けんらんです。前日の歓迎ぶりやこの応接室に見られるように、お客様をお迎えする事には心が込められるのです。
     ホテルに戻り、いよいよ調印式です。子どもたちの音楽隊の演奏の中、訪問団が入場します。四百人が入る会場は一杯に埋まり、ステージには両国国旗の入った横断幕、花々で飾られた調印卓。式が始まると両市各界代表者と来賓が紹介され登壇します。まず両市長が議定書に署名し、その後立会人である両議長も署名、無事調印が完了です。これを祝して登壇者全員でシャンパンで乾杯、大きな拍手が会場一杯に広がりました。姉妹都市提携の記念品は、両市とも石狩市の花「ハマナス」と彭州市の花「牡丹」をモチーフにして石狩市からは七宝焼、彭州市からは銀箔を張った絵が贈られました。さらにこの姉妹都市関係が永遠に続くようにと、稲見研二石狩・彭州友好協会会長から周彭州市長へ千羽鶴が贈られました。
     続いて、この提携を踏まえて、両市の工業団地の管理団体同士の友好協力に関する覚書が、石狩開発(株)と彭州中日企業ハイテク協力団地管理委員会の間で結ばれ、実質的な交流のスタートです。その後、記者会見を終え、午後は三つの行程に別れ、代表者による記念植樹と記念碑除幕式、両市経済関係者による懇談会、一般市民の方々は彭州市内の見学とショッピングに出かけました。

    北海盆踊りの様子

    夜は、約二百人での祝賀パーティ。そして提携記念芸能披露会。石狩市を紹介するスライド上映からスタートです。約百枚のスライド写真で石狩の四季を紹介しました。その後は舞台で、石狩からは日本舞踊と北海盆踊り。舞台上に櫓(やぐら)を組み上げ、日本から持ち込んだ和太鼓を据え、法被と浴衣を着ての披露です。これには彭州市長をはじめ彭州市側出席者も一緒に踊りました。彭州市からは、舞踊、歌、川劇、マジックと、アマチュアとは思えないほどの見事な芸能でした。三時間にわたる披露会で熱い交歓ができました。

    パンダの写真

    ◆二十五日
     この日は彭州市の隣り、人口一千万人近くを有する成都市内の見学です。成都市は四川省の省都であり、また中国西南部の産業、交通の拠点都市でもあります。街の中心部の広場には大きな毛沢東の像が建っていて、その付近は、四川省政府、成都市政府など官庁街になっています。開発の著しい成都市は、高層ビルや高速道路もいたるところで建設中であり、発展の勢いを感じます。
     郊外にある杜甫草堂(とほそうどう)では、杜甫がここに住み五年ほどにわたって詩を書いた旧居であり、在りし日の杜甫を偲びました。この後にはパンダ保護センターに寄り、生まれて数週間という赤ちゃんパンダを、ガラス越しとはいえ間近に見る事が出来ました。訪問団の女性たちからは「可愛い」という声が連発。
     午後は三国志で知られる武侯祠(ぶこうし)です。ここは広大な敷地に諸葛孔明や劉備玄徳など、今から千八百年ほど前の英雄が、当時残した言葉とともにまつられています。
     四川省最後の夜は、各界代表者は彭州市関係者を招いての答礼会、その他の方々は成都市内で過ごしました。

    記念写真

    ◆二十六日

     四川省を離れる日、成都空港では彭州市の指導者の方々が訪問団一人一人と握手を交わし、再会を約束しました。
    彭州市の皆さんの強烈な歓迎ぶりと、まちの発展に対する熱意、そして中国の底力を強く感じた訪問でした。
    謝謝。再見。