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市長の部屋/市長からのメッセージ(平成30年9月3日)

印刷用ページを表示する 掲載日:2018年9月3日更新

市長の部屋/市長からのメッセージ(平成30年9月3日)

市長の部屋(平成30年9月3日)

第70回北海道消防大会がサン・ビレッジいしかりで開催されました。消防庁、日本消防協会会長をはじめ、2,000人を超える北海道の消防団員、関係者の方々に出席をいただきました。石狩での開催は初めてであり、盛会のうちに終えることができました。おそらく石狩での大会としては最大スケールだと思います。

長年活動された消防団、消防団員などに対する「表彰旗、栄光章」など、表彰を受けられた方々に開催市として敬意を表したいと思います。さらなるご活躍を期待いたします。

異常気象のもたらす災害は「時」「場所」を選ぶことなく起こることから、一層の対応策を進めるとの確認をした大会でもありました。知恵を出し、経験プラス新技術、新防災文化の模索への挑戦であると思います。

このような一大イベントを成功に導いた消防職団員の結束力にあらためて石狩消防の底力を感じました。ご来賓をはじめ、北海道消防協会長より慰労の言葉をいただきました。

不安定な気象を象徴するかのように、宇都宮駅に降り立った時の蒸し暑さは、北海道人にはきついものでした。程なく「関東ろう連盟創立70周年記念パーティー」が開催され、これまでの歴史をパワーポイントで東ろう連盟理事長堀米泰晴氏による説明から入りました。-「歴史はあるなぁ」。

手話言語条例を制定した都市として、石狩の条例の真意や、それでどう変わったか、パーティー会場の席には若いリーダーの方々が尋ねてきて会話が続き、結びの乾杯も気がつかない程でした。

「市条例」を制定しておおむね5年、これから地道で遅々として進まない現実に悩むことも多くなり、倦怠期に入る可能性は否定できません。「条例ができて何が変わったのですか」の質問には、「手話語で生きている人のいることを認識するなど、幼い子どもからの教育は、大人になる頃に、社会を変える種となり、まき続けると実りの季節は必ずやってきます」と答えました。

通訳士の倫理観と知ろうとする権利とのはざまに立つ現場での苦悩、市条例制定の議論の中で、この件はどうでしたかとの質問がありました。

市の条例は「手話は言語である」との目標を盛り込んだ基本条例となっているので、各事業、サービスなどの各論には踏み込んでいません。私は率直に「基本は知る権利」、知りたいと思う欲求など全てに対応することを基本としながら、少なくとも犯罪、反社会的なことなど、ケースによって一人でなく、協会、自治体との相談事であって、条例での定型的な定めはするべきではないと伝えました。正解の出ない問題だけに、私も少し戸惑いを覚えました。

ろう者の集会に参加すると「生きる」ことについても考えさせられます。言葉をもっていても伝わらない。情報が入って来ない。閉ざされた社会から多言語の社会へとその時代を想像することはできるが、手話によるコミュニケーションが普通のこととなるためには、人やまちが変わる努力をしなければなりません。今、その環境作りは始まったばかり、時間は関係ありません。

宇都宮はギョーザの匂いから、まち歩きが始まりました。タクシーの運転手さんが親切に売り場まで教えてくれました。関東8県の関係者の皆さんから、北海道から来たことを感謝してくださいました。また名刺が増えました。再会のあいさつをする仲間との楽しい時間もとれました。往復とも悪天候で揺れた飛行機は心地よい眠りを誘ってくれました。

次は「手話言語フォーラムinあおもり」の大会です。楽しみです。

一部新聞報道されました、来年春の任期切れにあたる件については、後援会の動きの中での私の考えであり、考えは固まっています。公式的には議会の質疑があれば、その際に。あるいは後日記者会見を考えております。

石狩市長 田岡 克介