終わりに
以上、解説してきたとおり、石狩紅葉山49号遺跡の中の低湿地遺跡からは、縄文時代中期の川跡が出土しました。そしてその中から川漁に使用される目的で設置された漁労施設が発見され、各種の木製品も多数出土しました。
特に杭列と柵・簀は、二つが組み合わされて初めてエリとして機能しますが、本遺跡では、出土した杭列のみでも便宜的に「エリ」と呼びました。現時点でエリの数は10ヶ所あると考えられます。
10ヶ所のエリは同時に存在したのではなく、一定の時間差があると考えられます。また、「簀だて」と仮称したものは、エリがほぼ完全な形で残ったものです。
この「簀だて」は簀の目の細かさから見て、ウグイなど中型から小型魚の施設と考えられますが、その他のエリについてはサケマスを対象としたものと考えられます。
また、出土した木製品は破片など細かいものも含めると3000点余り出土しています。多いのはやはり杭と割り材で半数以上を占めています。
現在、発掘調査は一段落し整理作業を行っています。本報告書の刊行は平成17年3月の予定です。このため、概要報告は一部未確定な内容が含まれております。
文章 石狩紅葉山49号遺跡発掘担当者 石橋孝夫
遺物写真撮影 西方麻由 内海舞古都
CG製作 鈴木信司
このページに関するお問い合わせ
教育委員会社会教育部 文化財課
〒061-3372 北海道石狩市弁天町30番地4
電話:0133-62-3711 ファクス:0133-77-5011
お問い合わせは専用フォームをご利用ください。