石狩紅葉山49号遺跡/2002.09.04
印刷用ページを表示する 掲載日:2014年7月31日更新
平成14年9月4日
魚叩棒が出土
4000年前にサケ送り?
平成14年9月3日午後、「魚叩棒」(さかなたたきぼう)と見られる木製品が出土しました。
全長51センチメートル、太さ4センチメートルから2.5センチメートルで、野球のバットのようにグリップ状のくびれがありました。グリップの部分は、幅11センチメートルにわたって焼いた後、削られて細くなっており、両端は石斧で削られて尖っています。
「魚叩棒」とは、アイヌ文化ではイサパキクニ、イサパキツニと呼ばれており、この棒でサケの頭を叩いて殺すことにより、霊を(サケの世界に)送ることにより再生、豊穣を祈るものです。
同形のものが、寛政11年(1799)谷元旦(たに・げんたん)によって描かれた『蝦夷器具図式』に「打魚槌図」として示されており、今回出土のものもサケ・マス用の「魚叩棒」と考えられます。
「魚叩棒」の出土は、単なる道具の発見ということだけでなく、当時すでにサケ・マスの儀礼や世界観ができていたと推定できる重要な発見です。
また、魚叩棒としては岩手県盛岡市萪内(しだない)遺跡(3500年前)で出土していますが、本遺跡の方が500年ほど古く、国内の最古例と考えられます。