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いしかり博物誌/第8回

印刷用ページを表示する 掲載日:2014年7月31日更新


第8回 古代人の食卓

紅葉山49号遺跡 2号住居の写真

 現在調査中の紅葉山49号遺跡からは、土器や石器だけでなく動物性や植物性の遺物も出土しています。これらは、当時の人々の食卓にのぼっていたものの一部です。今回は古代人の食卓をのぞいてみましょう。
 まず、縄文時代の炉跡の焼けた土からは、サケ、コイ、キュウリウオの骨とクマ、シカ、キツネの骨が見つかりました。これらはみな、当時の人が食べて骨だけになった状態で火のなかに投げ込んだものです。いずれも数ミリメートルから数センチメートルの小さな破片で、焼けていました。動物性や植物性の遺物は、生のままではすぐ腐ってしまいますが、焼けたり炭化したりしていると数千年もの間保存されます。
 また、本州の奈良・平安時代にあたる擦文時代の竪穴住居では新しい発見がありました。それは市内ではじめて、炭化したアワ・ヒエが出土したことです。出た場所はカマドと薪を入れる焚き口の前からです。

 写真はアワ・ヒエが出土した2号住居ですが、カマドの粘土が長期間の使用で焼けて、真っ赤になっています。カマドは図のようなもので数十年前まで使われていたものと基本的に同じつくりです。ですから当時の人はアワ、ヒエなどの穀物をカマドで煮ておかゆにしたり、蒸して食べていたと考えられます。おそらく住居の近くには畑もあったと思われます。

アワ・ヒエの画像

 このように擦文時代になると家のなかに調理専用のカマドがつくられ、動物・魚と野生植物だけから、アワ、ヒエのような農作物が食卓にのるようになり、一段と豊かになったことがわかります。道内ではこのほかオオムギ、コムギ、キビ、コメが出土しています。コメは本州からの輸入品の可能性がありますが、ほかは道内の遺跡からいくつも見つかっており、当時、一般的に作られていた作物と考えられます。
 今回の調査では、大きさが数ミリメートルの種を探すために顕微鏡を使い、炭化物浮遊選別法という新しい方法も用いました。この方法は、炭化物が水に浮く性質を利用した方法で、最近各地で盛んに使用され大きな成果が上がっています。(工藤義衛)