石狩ファイル0081-01(2007年3月30日)
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紅葉山砂丘の砂層(花川東地区) |
第二次世界大戦後、農地や宅地の開発、砂利採取などによって砂丘はどんどん削られていき、今では地形の大半が消滅してしまいました。それでも花川東地区〜自衛隊演習地、藤女子大学花川キャンパス周辺には、開発を逃れた砂丘がまだ残っています。
(志賀健司)
紅葉山砂丘のできるまで
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7000年前 現在の紅葉山砂丘は海の底です。海流によって砂が集まってきました。 |
6000年前 砂はどんどん高くなり、海水面まで達します(砂州)。 |
5500年前 海水面が下がり、砂丘が姿をあらわします。風によって砂が集まってきます。 |
4000年前〜現在 砂丘は完全に陸上になり、人も住むようになります。 |
参考文献